福岡地方裁判所 昭和61年(ワ)932号 判決 1988年1月25日
原告
橋本則男
被告
瀬尾哲也
ほか一名
主文
一 被告瀬尾哲也は、原告に対し、金一五〇〇万円及びこれに対する昭和五九年五月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告ピースター株式会社に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用は、原告と被告瀬尾との間においては、原告に生じた費用の二分の一を被告瀬尾の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告ピースター株式会社との間においては、全部原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは原告に対し、連帯して金一五〇〇万円及びこれに対する昭和五九年五月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 次の交通事故(以下「本件交通事故」という。)が発生した。
日時 昭和五九年五月一二日午前七月三〇分ころ
場所 福岡県粕屋郡粕屋町大字酒殿三〇四―一付近交差点
加害車両 普通乗用自動車(福岡五七ね八八〇九)
右運転者 被告瀬尾哲也
被害車両 自動二輪車(須恵二八五)
右運転者 原告
事故態様 原告が右交差点を直進通過しようとした際、加害車両が同交差点を右方道路から進入して来て被害車両と衝突した。
2 被告らの責任
(一) 被告瀬尾の責任
加害車両の進行道路は、幅員三・五メートルの里道であり、これに対し、被害車両の進行道路は、センターラインの表示やガードレールの設置された幅員五メートルの優先道路である。したがつて、被告瀬尾は、右交差点に進入するに際し、優先道路を進行して来る車両の有無を確認し、その通行を妨害してはならない注意義務があるにもかかわらず、これを怠り右交差点に進入したため、被害車両と衝突したのであるから、民法七〇九条に基づき後記損害を賠償すべき義務がある。
(三) 被告ピースター株式会社(以下「被告会社」という。)の責任
(1) 被告会社は、本件加害車両を保有するものであるから、自動車損害賠償保障法三条に基づき後記損害を賠償すべき義務がある。
(2) 被告瀬尾は被告会社の従業員であり、かつ、本件交通事故当時、被告会社の業務に従事していたのであるから、民法七一五条に基づき後記損害を賠償すべき義務がある。
3 傷害
原告は、本件交通事故により、右腸骨骨折、左膝蓋骨開放骨折、右腎損傷等の傷害を負い、次のとおり治療を受けた。
(一) 入院 合計二七八日
昭和五九年五月一二日から同年七月二五日まで 上野外科病院
同日から昭和六〇年二月一三日まで 原鶴温泉病院
(二) 通院 (期間約七ケ月、実通院一七日)
昭和六〇年二月一五日から同年九月一三日まで 八尋整形外科
(三) 本件交通事故により、原告には、左膝関節機能障害、左足関節機能障害、右肩関節機能障害の後遺症が残り、右障害は、自動車損害賠償責任保険において八級と認定された。
4 損害
本件交通事故により次のとおり損害が発生した。
(一) 入院雑費 金二五万八〇〇〇円
一日当たり金一〇〇〇円の支払を余儀なくさせられた。
一〇〇〇円×二五八日=二五万八〇〇〇円
(二) 休業損害 金二一〇万二四九〇円
原告は株式会社ハギオに勤務していたが、本件交通事故により、昭和五九年五月一二日から昭和六〇年二月二五日まで合計二七〇日欠勤した。
原告は本件交通事故の前年である昭和五八年度に、金二八四万二四〇〇円の年収を得ていたので、一日当たり金七七八七円となる。
七七八七円×二七〇日=二一〇万二四九〇円
(三) 逸失利益 金二三〇〇万円
原告は、症状固定時(昭和六〇年九月一三日)、三七歳(昭和二三年三月九日生れ)の健康な男子であつたので、労働可能期間は三〇年である。
二八四万円×〇・四五(労働能力喪失率)×一八・〇二九(新ホフマン係数)=二三〇〇万円(万円以下切り捨て)
(四) 慰謝料 金八〇〇万円
(1) 入通院慰謝料 金二〇〇万円
(2) 後遺症慰謝料 金六〇〇万円
(五) 弁護士費用 金一〇〇万円
原告は、本訴の提起、遂行を原告訴訟代理人に委任し、相応の報酬を支払うことを約したが、本件交通事故と因果関係を有する金員は金一〇〇万円である。
5 損害の填補
原告は、自動車損害賠償責任保険から金六七二万円の、労災保険から金一〇〇万円の支払を受けた。
よつて、原告は被告らに対し、連帯して、本件交通事故に基づく損害賠償金の内金一五〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五九年五月一三日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 被告瀬尾
(一) 請求原因1の事実は認める。
(二) 同2の主張は争う。
(三) 同3ないし5の各事実は知らない。
2 被告会社
(一) 請求原因1の事実のうち、事故の態様を除き認める。
(二) 同2(一)の事実は知らない。
同(二)の事実は否認する。
加害車両は、被告瀬尾が所有する自家用車である。
被告瀬尾は、被告会社と販売委託契約を締結する前の段階で、製品に関する知識・訪問販売の方法・販売領域の開発などについて、昭和五九年四月五日から被告会社の指導を受けていたものに過ぎず、被告会社の従業員ではない。また、同被告は、本件交通事故当時、被告会社の業務に従事していたものでもない。
(三) 同3ないし5の各事実は知らない。
三 抗弁(過失相殺)(被告瀬尾)
原告が進行してきた道路が優先道路であるとしても、本件衝突時の状況をみると、加害車両はセンターラインを越えてほぼ交差点を通過しようとしており、その直前に加害車両の左横前輪に被害車両が衝突している。
このことからすると、被害車両は加害車両が交差点に進入してくることを、交差点進入のかなり以前から認識できる状況にあり、したがつて、原告が加害車両の動静に注意して交差点の直前で減速していたならば、本件交通事故は避けることができたはずであるが、原告は、漫然と減速することもなく、かなりの速度で交差点に進入したものであるから、原告にも右方の安全を怠つた過失がある、したがつて、原告の損害額から相当の過失相殺をすべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は否認する。
第三証拠
本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 事故の発生
請求原因1の事実については、原告と被告瀬尾との間では争いがなく、原告と被告会社との関係では、成立に争いのない甲第一ないし第四号証、第六号証、原告及び被告瀬尾の各本人尋問の結果によつてこれを認めることができる。
二 被告らの責任
1 先ず、被告瀬尾の責任について検討するに、前記甲第二ないし第四号証、第六、第八号証、前記各本人尋問の結果によれば、被害車両が進行していた道路は、幅員五・六メートルの、その中央には追越しのための右側部分はみだし禁止の表示がなされている県道であり、これに対し、加害車両が進行してきた道路は、幅員三・五メートルの道路で、したがつて、後者に対しては前者が優先道路であること、被害車両及び加害車両からの見通しは、前方、左右共良好であること、被告瀬尾は、本件交差点の約二〇メートル手前で左方からの車両の有無を確認したところ、進行してくる車両がなかつたのでそのまま直進通過できるものと考え、交差点進入直前で十分左右の安全を確認することなく漫然と直進中、本件交差点の中央付近に至つて、左方から進行して来た被害車両を始めて発見したこと、被告瀬尾は急ブレーキを掛けたが間に合わず、加害車両の左前フエンダー部分と被害車両の前部が衝突したこと、原告は、右衝突によつて、前方に投げ飛ばされ加害車両の上を飛び越えて道路に転倒したのち、傍らの田圃に落ちたことが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
右事実によれば、被告瀬尾においては、本件交差点に進入する際、交差道路が優先道路であるから、一旦停止するなどして左右の安全を十分確認し、優先道路上の車両の進行を妨害することとならないように注意すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、被害車両の進行に気付かず漫然と本件交差点に進入した過失により、本件交通事故を生ぜしめたものといえ、民法七〇九条による責任を負わざるを得ない。
2 次に、被告会社の責任について判断する。
(一) 前記甲第三号証、被告瀬尾本人尋問の結果によれば、加害車両は同被告が所有するものであることが認められるところ、本件全証拠によるも、加害車両につき、被告会社が運行の利益を有していたとは認められない。
(二) 使用者責任の点について検討するに、証人伊藤修一及び同甲斐康弘の各証言、被告瀬尾本人尋問の結果(ただし、後記認定に反する部分は除く。)によれば、被告会社は、料理講習を実演して調理鍋を販売する会社で、昭和五九年当時、社員は一四〇名ないし一五〇名位、代理店もしくは委託販売員は三〇名位いたこと、被告会社の社員は毎年四月に入社するが、社員の採用に関しては、本社において毎年前年の一一月に内定したうえ、各営業所に派遣することとしていること、被告会社においては、各営業所とは別に、被告会社と委託販売契約を締結した代理店なるものを設けているが、代理店の募集は、一応、各営業所の独自の判断に任されていること、代理店応募者に対しては、被告会社の社員がついて、研修期間中(およそ二ケ月間位)、料理・講習会の設営など販売のノウハウを教える一方、応募者には、初めは日給を、その後は、実演販売の売上額の三五パーセントを手数料として支払う仕組みになつていること、三、四ケ月間の研修期間を過ぎて独立して販売ができるようになると、被告会社との間で委託販売契約を締結し、全く別個に、営業活動を行うこととなること、被告瀬尾は、昭和五九年四月ころ、求人広告誌を見て被告会社に応募し、日給五〇〇〇円の月一四万円前後の収入を得ていたことが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
以上の事実によれば、被告会社の正社員は、毎年一一月に内定し翌年四月に採用されることになつており、四月ころに面接をし新たに採用をするという制度とはなつていないところ、被告瀬尾は四月ころに面接を受けているのであり、また、被告会社が同被告に対して支払つていた金員は、実費補填的な面を否定できず、同被告と被告会社との間に雇用関係があつたとの原告の主張は採用できず、これに反する原告本人尋問の結果は、たやすく信用することが出来ず、その他、全証拠によるも原告の右主張を認めることができない。
したがつて、これを前提にした原告の使用者責任の主張は、その余の点について判断するまでもなく、その前提を欠き、採用できない。
3 損害
そこで次に、被告瀬尾との関係でのみ損害の点について判断する。
(一) 原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第九ないし第一六号証、第一八号証によれば、請求原因3の事実を認めることができる。
(二) 入院雑費
原告が、本件交通事故により合計二七八日間入院したことは、前記認定のとおりで、その間、一日当たり少なくとも金一〇〇〇円、合計金二七万八〇〇〇円を支出したことは、容易に推認することができる。
(三) 休業損害
原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一四、第一七号証によれば、原告は、本件交通事故当時、株式会社ハギオに勤務し、昭和五八年度の年収は金二八四万二四〇〇円であつたこと、本件交通事故により、原告は昭和五九年五月一二日から昭和六〇年二月二五日まで合計二七〇日間、右会社を欠勤したことが認められる。
したがつて、原告が本件交通事故にあわなければ、少なくとも金二一〇万二四九〇円の給与を得ることができたものといえる。
二八四万二四〇〇円÷三六五×二七〇=二一〇万二四九〇円
(四) 後遺症による逸失利益
前記甲第一八号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和二三年三月九日生まれ(症状固定時三七歳)の健康な男子で、本件交通事故にあわなければ、六七歳まで三〇年間働くことができることとなる。
ところで、前記認定したとおり、原告の本件交通事故による後遺障害は、自賠責等級表第八級に該当するものということができるので、その労働能力の四五パーセントを喪失したものと認められる。
したがつて、症状固定時における逸失利益をホフマン方式により算出すると、その金額は金二三〇四万一〇六二円となる。
二八四万円×一八・〇二九×〇・四五=二三〇四万一〇六二円
(五) 慰謝料
(1) 入通院慰謝料
原告は本件交通事故により、前記認定のとおり、九ケ月にも及ぶ入院等を余儀なくされたのであり、これを慰謝するには金二〇〇万円が相当である。
(2) 後遺症慰謝料
前記認定の後遺症の程度、原告の年齢その他本件証拠上認められる諸般の事情を総合すると、これによつて原告が受けた精神的苦痛を慰謝するには金五四〇万円が相当である。
(六) 過失相殺
前記甲第二ないし第四号証、原告及び被告瀬尾の各本人尋問の結果によれば、原告は、本件交差点の手前およそ五〇メートルの地点で、本件交差点から北側およそ七〇メートルの交差道路上を本件交差点へ向け進行中の加害車両を発見したこと、原告は、その後、本件交差点の手前一〇メートル位の地点に達つするまで加害車両の動向に注意を払わないで進行してきたこと、原告は、右地点で右方の安全を確認したが、加害車両に衝突することなく安全に本件交差点を通過することができるものと考え、本件交差点に進入したこと、加害車両が交差点の中央線を越えた地点で、加害車両の左前部と被害車両の前部とが衝突し、原告は、加害車両の上をおよそ六ないし七メートル先の道路上にまで投げ飛ばされたうえ、その南側にある田圃に落ちたこと、加害車両のスリツプ痕は、左右とも二・一メートルであることが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
右事実によれば、原告は早くから加害車両の接近を認識していたにもかかわらず、自己の進行している道路が優先道路であることから、その動静にほとんど注意を払わず、漫然、本件交差点を無事通過できるものと考え、それほど減速もせずに本件交差点に進入したものであるから、原告にも、右方の安全を確認することを怠つた過失があるものといえ、右過失の内容、事故態様などからすると、原告の本件交通事故に対する過失割合は二割をもつて相当と認める。
よつて、前記損害の合計額金三二八二万一五五二円から二割の過失相殺減額をすると残額は金二六二五万七二四一円となる。
(七) 損害の填補
原告が、本件交通事故につき、自動車損害賠償責任保険から金六七二万円の、また、労災保険から金一〇〇万円の支払を受けたことは、原告が自認するところであるから、右金額を前記損害額から控除すると、残額は金一八五三万七二四一円となる。
(八) 弁護士費用
弁論の全趣旨によると、原告は本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し相当額の報酬の支払を約束しているものと認められるところ、本件事案の性質、認容額などに鑑みると、原告が本件交通事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は金一〇〇万円を下らないと認められる。
三 結論
以上の次第で、原告の本訴請求は、被告瀬尾に対し、本件交通事故に基づく損害賠償金の内金一五〇〇万円及びこれに対する本件交通事故発生の日の翌日である昭和五九年五月一三日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をもとめる限度で理由があるからこれを認容し、被告会社に対する請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松嶋敏明)